ジャムの瓶の底

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仮面ライダービルド28話 氷室幻徳の独白を読み解く

 今回は最近視聴している『仮面ライダービルド』の28話「天才がタンクでやってくる」における氷室幻徳の独白を分析してみました。武藤将吾さんの脚本と田崎竜太さんの監督が生み出した素晴らしい場面の片鱗をお届けできればと思います。

 

「強さ」への執念

「俺はお前を倒して、更なる強さを手に入れる。
この国を、強くするために、俺が強くなるんだ。」

責任感の強さが伺えます。それと同時に、強さがなければこの国を守れないという彼の価値観が伝わってきます。彼の「強さ」への執念は、後述するような「理想」への失望があるように思います。

 

「未熟」

「俺は全てにおいて未熟だった。
『どうして軍事力に金をかけない!』
『何度も言っているはずだ、武力じゃ何も解決しない』
『なら、東都市民に裸のまま他国の銃弾を浴びろって言うのか!』
『そうならないために話し合うんだ』
『それが通じる相手じゃないだろう!』」

この場面は戦争が起きている現在の社会情勢が重なる、本当にリアリティがある場面で、悲しいです。パンドラボックスが災厄たりえるのは、人の精神に影響を与えることで対話の選択肢を奪うからだと思います。実際に、第8話では泰山さんに向かって、「親父はスカイウォールの光を浴びなかったからそんな呑気でいられるんだ」と忠告しています。(この場面で「変わったのはお前だろ」と泰山さんに返されるのは、今思うと悲しいですね。幻徳さんの今の状態は本来の姿ではないのだと思います。)3話頃から幻徳さんは軍事力の増強について泰山さんに進言していました。

幻徳さんがここで自身を「未熟」と評するのは、彼がこの時点で泰山さんを説得できなかったことにあると思います。結果として、泰山さんは倒れ、幻徳さんが非常事態に首相を継ぐこととなりましたが、彼はこのような形で首相となることを望んでいなかったのかもしれません。本当は泰山さんを納得させたうえで、自信を持って首相となりたかったのではないでしょうか。(20話でも泰山さんに「話を聞いてくれ!」と叫んでいます。)

 

氷室幻徳の「何者にもなれない」葛藤

「俺は野心だけを頼りに生きてきた。
だが、一人じゃ何もできないクズだった。
だから俺は、
『俺が全てを決める。俺がこの国のリーダーだ!』
自尊心の高い己を
『だったら、誰がこの国のリーダーにふさわしいか決めようじゃないか』
虚栄心の強い己を
『変身』
全てかなぐり捨てて生まれ変わった。」

幻徳さんが葛城に強い執着を抱いているのは、葛城が自分には持っていない科学力、すなわち何かを生み出す力を持っていたからであると思います。それを裏返せば、幻徳さんは「一人じゃ何もできない」のです。彼は「野心だけを頼りに生きてき」た一方で、桐生戦兎や葛城のような何かを生み出す力を持たず、何者にもなれませんでした。「自尊心の高い己」と「虚栄心の強い己」の言葉は、『山月記』の「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」を想起させます。恐らく幻徳さんは「自尊心」が本当に高いのではなく、「自尊心の高い己」を演じることで、せめて自分にできる首相の役割を果たそうとしていたのではないでしょうか。

 

氷室幻徳と劉備 理想への失望

「今度こそ俺はこの国を動かせる力を自分自身の手で掴み取ってみせる。
お前の言う愛と平和など幻に過ぎない。
理想で国は作れないことを俺の強さを以って教えてやる。」

氷室幻徳の「何者にもなれない」という葛藤は、過酷な体験を経て、「自分自身の手」で力を掴み取るという確固たる信念へと生まれ変わりました。常人には耐えられないような苦しみを味わうことで、一種自信がついたとも考えられます。ローグのデザインのテーマが「ひび割れ」であるように、彼は傷つけられることで新しい自分へと変わりました。(それが彼にとって幸福なことであるか否かはわからないのですが…)

 戦兎くんや泰山さんのスタンスである、対話による「愛と平和」(ラブ&ピース)を、自身の名前である「幻」を用いて否定する脚本が巧みです。「幻徳」という名前は、「徳」というポジティブな漢字を「幻」の漢字で有耶無耶にしてしまうような不思議なニュアンスがあります。また、劉備玄徳」という名前から音を取っていると考えられます。

 『三国志演義』は、劉備を主人公として三国時代を描き出す物語であったと記憶しています。劉備は徳が高く、仲間に恵まれた君主でしたが、夢半ばで息絶え、蜀が三国を統一することはありませんでした。このような物語を踏まえて氷室幻徳を読み解くならば、「徳」や「理想」による統治を夢見るも、現実に打ちのめされ、「力」による統治でしか世を救えないと彼は考えるようになったのではないでしょうか。Fateで言う劉備オルタみたいな感じだと思います。

 

まとめ

氷室幻徳の葛城への執着は、「何者にもなれない」という劣等感の裏返しです。彼は恐らく東都を守るために堂々とした首相を演じていたに過ぎず、自己肯定感を持つには至っていなかったのだと思います。内海とブラッドスターク(エボルト)によって、彼は苦境へと追いやられますが、その悲痛な体験こそが、彼を「何者か」―仮面ライダーローグ」へと変身させました。そして彼は、「理想」ではなく「力」がこの国を救い、それを自らが実行せねばならないという信念を背負って戦兎たちの前に立ちはだかります。

 パンドラボックスの影響を受けていない彼がまだ登場していないので、ここからは推測に過ぎないのですが、氷室幻徳の元々の性格として劣等感自体は存在したのではないでしょうか。「野心だけを頼りに生きてきた」という表現は、「優しい子だった」という泰山さんの評価を踏まえると、光を浴びて以降の人生を指しているのだと思います。ただ、パンドラボックスはあくまで闘争心を引き出しただけかもしれません。その結果として、「自分の手で国を守る」という義務感と「力を手に入れたい」という変身願望が表出したということは、本来の人格に真面目さと劣等感が存在したこととほぼ同義とも言えます。このように考えると、泰山さんの言うように「優しい子」ではあったものの、エリートとして生まれ育ったからこその、自分の力では何も得られないという葛藤が以前からあったのだと思います。父である泰山さんは対話による平和を目指していましたが、息子である幻徳さんとまず対話できていなかったというのは、ある意味皮肉な構図なのかもしれませんね。

 以上が28話の感想です。氷室幻徳を好きになって良かったと心から感じられる回でした。素敵な台詞を作ってくださった武藤将吾さん、ありがとうございました…!氷室幻徳の幸せを祈って視聴していきます!