ジャムの瓶の底

イラストのことや漫画やアニメや特撮のことを書きます。自分用の備忘録です。

2023年に出会った最高の映画たち

今年は55本くらい映画を観ました。映画好きのパートナーと出会ってから、映画を観る機会が増え、観た後の自分の気持ちに向き合うことも増えました。今年出会った映画は、これから先の人生でもきっと何回も思い出して勇気を貰うだろうと感じる、素晴らしい作品が多かったです。今回は、そんな素敵な作品をご紹介します! 

 

 

シュレック』―「幸せになってはならない」という呪いを解く物語 

年最も意外な出会いだったのは、そして最も出会いに感謝しているのは、この映画です。パートナーに勧められて見るまで、わたしは『シュレック』をハリセンボンのネタでしか知りませんでした。ただのコメディなんじゃないかなあ…と観る前までは思っていました。今思うと、ルッキズムの文脈で『シュレック』が使われるのって、ものすごく作品のテーマに反しているんですよね…。 

 

まず、関西弁で喋るひねくれものシュレックと陽気な洋楽、おとぎ話(というかディズニー!)を皮肉るブラックジョーク、テンポの良さにワクワクしました。2001年公開の作品ですが、今観ても最初から引き込まれるくらい構成がうまい!そうこうしているうちに、陽気な喋るロバのドンキーと出会います。おせっかいなドンキーと共に、シュレックは自分の静かな暮らしを守るため、冒険に出ます。最初は冷たくドンキーをあしらうシュレックですが、二人は友情を結んでいきます。 

 

この物語の奥行きをぐっと深くしているもう一人の人物は、フィオナ姫です。悪役であるファークアード卿に狙われている彼女は、実は容姿に秘密と深いコンプレックスを抱えています。最初は醜いシュレックに戸惑う彼女ですが、彼の心のうちを知り、旅をする中で、彼に惹かれ、囚われていた自分自身を解き放つようになります。終盤にシュレックとフィオナがすれ違うシーンでは、もう二人のことが大好きになっているので、胸が張り裂けそうになります。一人で椅子に座り、もう片方の空席の椅子を見つめる二人の姿と言ったら…! 

 

ドンキーとの友情と、フィオナ恋愛。二つの愛情に向き合いながら、シュレックは自分が見ないふりをしてきた孤独に気がつきます。二人との出会いによって成長したシュレックが、どうフィオナ姫を助けるかは必見です! 

 

醜さを理由に人から恐れられてきたシュレックは、実は自分自身でも「自分みたいな人は幸せになったらダメだ」と自分に呪いをかけていました。コンプレックスという「呪い」は、シュレックシリーズがこれから続く三作の中でも絶えず描き続けてきたテーマです。一作目のハッピーエンドの後も、シュレックの人生は続きます。その中で何度も、「醜い自分は愛されない」「幸せになれない」という葛藤と彼は向き合います。フィオナも、悪役たちも、コンプレックスに苦しみ、時に人を呪い、自分を呪います。悩み、立ち上がっていく彼らの姿に、わたしは数えきれないほどの勇気をもらいました。 

 

容姿が醜いけど心が綺麗だからシュレックとフィオナは愛し合ったのではありません。自分が自分らしくいられる相手だから、二人は一緒に生きていきます。『シュレック』は、これまでに描かれてきた物語では救えない人に手を伸ばしている作品だと思います。今年の、そして生涯のベスト映画です。超オススメです! 

 

シュレック フォーエバー』―わたしを愛してくれたあなたを 何度でも愛する

シュレック』では友情と恋愛への怯えが、『シュレック2』では結婚への戸惑いが、『シュレック3』では出産への不安が描かれてきました。シュレックのライフステージを追っていく四作目のシュレック フォーエバー』では、育児ノイローゼになったシュレックが主人公です。一人の静かな暮らしに戻りたいと願ったシュレックは騙されてしまい、自分が生まれてこない世界に囚われてしまいます。その呪いを解けるのは、運命の人のキスだけ。 

 

ところが、運命の人であるフィオナは、私たちが知るフィオナではありませんでした。シュレックに助けられなかったフィオナは、親と世界を憎み、おとぎ話を恨み、愛を疑います。誰にも愛されなかった彼女は、シュレックとキスしますが、二人の呪いは解けません。これが真実の愛ではないからです。二人の呪いを解くことはできるのでしょうか…? 

 

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二作目と三作目では親と和解したフィオナですが、彼女の両親の行いは残酷であり、あと少しでも運命が違えば断絶していた、ということにわたしは気づかされました。強く冷徹なフィオナは、「王子様に救われなかったお姫様」です。孤独に生き抜いてきたのが、今作の彼女のありようです。彼女の部屋に刻まれたおびただしい量の何かを数えた跡、夜を怯える姿は、トラウマを如実に描いていて胸が痛いです。 

 

それは同時に、シュレックがフィオナの心の呪いを長きにわたって解き続けてきたことを意味しています。そして、シュレックがフィオナの呪いを解いたように、フィオナもシュレックの呪いを解いてきましたシュレックはifの世界のフィオナと出会うことで、彼女の愛に救われてきたことに気づき、何度でも、どんな彼女とも恋に落ちるのだと語ります。ドンキーとフィオナに手を引かれて孤独な世界から踏み出した彼が、今度はフィオナの手を取るなんて…!ドラゴンの歌のシーンは思わず涙が出てきました。 

 

フィオナは、「美しくない女性」という、おとぎ話のプリンセスとはかけ離れた存在でした。でもそんな彼女だから、やたら体術が強くて、歌で鳥を死なせてしまって、シュレックと髭を剃っている彼女だから、わたしはすごく好きでした(美しい世界を描き続けてきた3Dアニメで、ムダ毛の生えた女性キャラクターが出てくることの意味深さは言い表せません!)。美しくなくても、幸せになって何が悪いんだ、という作品の精神を体現するキャラクターです。そんな彼女が今作では、「誰にも愛されず一人で生きてきた人」―言うなれば虐待経験者―として、幸せを掴み取ってくれたことに、すごく救われました。被虐待児のキャラクターって大体悪役だし、死にがちなんですよ!生きて幸せになれる、と物語ってくれることがなんて心強いか! 

 

一作目から今作まで、シュレックたちを見守ってきた人なら、きっと大好きになる、一生の思い出になる作品です。ぜひ観てほしいです!これも今年の…というか生涯のベスト映画! 

 

『スワロウ』―響き合う悲しみの音は、暗がりの中でもあなたを導く 

Twitterでたびたび見かけて気になっていた作品がこちら。「フェミニズム」なのに「スリラー」ってどういうこと!?と思っていたのですが、まさしくフェミニズムスリラー」な作品であり、それでいて時にフェミニズムが取りこぼしてしまう人をも包摂する、ものすごい作品でした。 

 

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ハイスペックな夫と裕福な暮らし。絵に描いたかのような理想的な新婚生活を送る女性ハンターは、妊娠をきっかけに、異物を飲み込みたいという衝動に駆られるようになります。まるで今まで眠っていた歪みが目覚めたかのように、崩壊する日常。心身が蝕まれるなかで、ハンターは様々な人に傷つけられ、あるいは助けられ、一つの大きな決断をします―。 

 

精神的に追い詰められる人間の姿を如実に描いた、という点ではスリラーなのですが、冴えた色彩画面構成、淡々と紡がれる物語はとても美しく、抵抗感なく没頭できる不思議な映画です。いわゆる「鬱くしい」という言葉が似合うような作品で、それでいて最後まで見れば清々しい気持ちにもなれる作品でもあります。主人公のハンターの常に怯えたような瞳は、どこにも居場所がないと感じている人そのもので…演技がすごい!アプリゲームに没頭したり、スナックを食べたりする彼女の素のズボラっぽいところはすごく親近感が湧いて愛しいです。 

 

『スワロウ』はフェミニズムの文脈にある作品ですが、実は作中で女性同士の連帯はほぼ存在しません。むしろ、戦争経験者の男性や加害者の男性の「痛み」「歪み」に触れ、対話し、怒ることでハンターは解放されていきます。男性と女性を分断せずフェミニズムを描くという試みに、ノンバイナリーのわたしはものすごく救われました。個人的に一番好きなのは、ハンターの苦しみを軽視していた看護師のルエイが、共に暮らす中で彼女の痛みを知るシーンです。戦争によって心に傷を負ったルエイは、恐怖と戦うハンターを見て、彼女にとってはこの家こそが「戦場」であると知ります。ハンターが女性として経験してきた苦しみをルエイは知らないように、ルエイが戦争で経験した苦しみをハンターは知りません。それでも、属性も経験も違う二人「痛み」を通して心を通じ合わせた。この連帯が今作を今作たらしめているものだと思います。 

 

『スワロウ』のエンドロールでは女性トイレの情景が画面に映され続けます。この風景を入れることで、ハンターというとしての女性がもがき、解放される物語に普遍性が与えられます。様々な背景を持つ女性たちが今日も生きていて、行き交っている。彼女たちが抱える痛みは各々が簡単に計り知ることはできない。でも、彼女たちは一人でも生きていける強さを持っている。まっすぐなフェミニズムのメッセージが伝わってくる、すさまじい演出です。 

 

精神疾患を扱う映画としても、ものすごくよかったです。ハンターには傷ついた理由がある。ハンターは自分の思いをどうにかして伝えようとしている。それなのに、彼女は「異常」だと指をさされ、排除される。本当にハンターは「異常」なのか?「異常」なのは、むしろ張り詰めた糸のように緊張し切った、この家なのではないか?そんなふうに考えさせるところがすごくいいと思いました。 

 

異物を飲み込み、吐き出すという身体の摂理から導き出されたラストでは、構成の美しさに震えるとともに、思わず涙が零れてしまいました。これから先の人生で何回も思い出し、勇気を貰える作品です。傑作! 

 

ワンダーウーマン1984』―ポストトゥルースの世界で、人間という希望を諦めない 

パートナーがDCオタクで、布教の一環で触れたのがこちらの作品でした。1作目のワンダーウーマンの1作目は、シンプルでアツい展開と主人公の(ウルトラマンプリキュアの両方の性質を併せ持つ、的な!)かっこよさが魅力でした。そこから展開する2作目の今作がものっっっすごい傑作で!!!度肝を抜かれました!!! 

 

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舞台は1984年のアメリカ。スミソニアン博物館で働きながらもワンダーウーマンとして戦うダイアナは、ある日、同僚のバーバラと奇妙な石に出会います。その石は願いを叶える石だったのです!亡くなった愛する人ティーが復活し、幸せに暮らすダイアナ。ところがある実業家マックス・ロードが石を手にし、あることを願うと、世界は少しずつ滅びへと向かっていきます―。 

 

メディアを通して他者を欲望する社会、煽られる分断、「あの人になりたい」という承認欲求変身願望「何者にもなれない」という絶望、ポストトゥルース…という極めて現代的なテーマを描きながらも、ワンダーウーマン1984は決して絶望せず、人間讃歌を諦めない。ヒーロー作品でありながらも、暴力ではない力で未来を切り開いた今作は、ヒーロー作品というジャンルをより高い次元へと昇華させたと思います。ヒーロー作品って、「素晴らしいヒーローが救うに値する素晴らしい世界と人」を描けるかどうかが肝だとわたしは思っているのですが、今作はそれがずば抜けてうまい。人間の醜さが嫌になるほど描かれるのに、それをはるかに超えて人間を信じたいし、自分も信じられるような人として生きたいと思わされます。 

 

一作目では強くてかっこいいヒーローとして描かれたダイアナは、今作ではよりいっそう内面豊かに、彼女の弱さまでもが描かれます。ヒーローとして一人で生き続けてきたダイアナの悲哀が吐露される場面とか、胸がギュってなります。おかしいと思いながらも恋人と共に生きることを選ぶ彼女の葛藤が切ないです。そんな彼女を奮い立たせるスティーブも、辛い思いをしながらも立ち上がるダイアナも、めちゃくちゃかっこいい!泣いちゃう!もっと好きになってしまう! 

 

人間を描くのがものすごくうまいので、悪役を描くのも、ものすごくうまいんですよね。マックス・ロードはトランプ大統領を戯画化した存在として読み取れるように描かれています。マクスウェルの悪魔を想起させる彼は欲望を煽る永久機関として世界を蝕んでいきます。では、マックスがアメリカの象徴だとか、分断を煽った諸悪の根源だとか、そういった象徴的なものでしかないかと言うと、それは違います。終盤でフラッシュバックのように差し込まれる彼の回想は、彼がこの社会で傷つき、愛に飢えていた一人の人間に過ぎないことをわたしたちに想像させます。彼が本当に大切なものに気づく場面は、『青い鳥』のようで、その頃にはすっかりマックスに感情移入していました。尺の都合で割愛してしまうのですが、バーバラも女性として生きてきた痛みゆえに歪んでしまったキャラクターで、一人ひとりの内面がすごく多層的なんですよね…。 

 

メタフィクションのような表現にも挑み、わたしたちの生きる世界に人間のあり方を問いかけてくる今作。あなたがもしこの世界に対して希望を感じられなくなったときに、この映画は一条の光を投げかけてくれるように思います。アメコミ映画の傑作です。パティ・ジェンキンスの他の映画ももっと見たい!オススメです。 

 

『Pearl パール』―共に生きるには残酷で、悪と呼ぶにはあまりにも愛くるしい― 

今年一番驚いた出会いだったのはこちらの作品です。基本的に映画は映画館かサブスクでパートナーと一緒に見るのですが、こちらはどうしても公開終了が近かったので一人で鑑賞しました。スプラッタホラーも普段見ないどころか大の苦手なのですが、パールのキュートな笑顔がどうしても気になって…!結果的に、観てよかったと強く感じました。こんなに心の繊細な部分を貫かれるとは思っていませんでした! 

 

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さびれた農場で、戦場に赴いた夫を待ちながら厳格な母と病気の父と暮らす、一人の女性、パール。彼女は映画に出会い、鮮やかなスクリーンに憧れ、舞台に上がることを夢見ます。抑圧された彼女の欲望は、やがて惨劇を巻き起こす―。 

 

「映画史上、もっとも無垢なシリアルキラー誕生。」というキャッチコピー、真っ赤な背景に真っ赤なドレスと血を纏って笑うパール!ポスターのデザインが非常にオシャレなのがとてもいい。映像もレトロな色味とデザインで構成されていて、なんだか素敵なんですよね。だからこそ、おぞましさがビビッドな色調で際立つ!飛び散る血!湧く蛆虫!魂の叫び!しっかりスプラッタ映画なので、グロテスクなものが苦手な人にはおすすめできないです。痛そうな描写やジャンプスケアはなく、暴力にはもはや爽快感があります。なので、意外と見やすいかも…?とわたしは感じました。ミア・ゴスがとにかくキュートで、彼女を追いかけ続けていたら、気がつくと映画の世界に没入しています。 

 

この物語は、愛されなかったパールの壮絶な孤独が根底にあります。スクリーンの中でなら、特別な人になって愛される。そう信じる彼女は、求められるような美貌才能もなく、夢の世界から転落します。夢のために全てを投げうった彼女に残ったのは、絶望と狂気だけ。そして、彼女が本当に欲しかったのは、賞賛ではなくでした。幼い頃から彼女の中には人と違う何かがあり、それを恐れた母によって彼女は家に閉じ込められ続けます。パールは夢見がちで、愚かな人です。大人の女性というより少女という言葉が似合うような人物です。幼い頃から暴力性を隠し持っているような子です。でも、そんな「異常」な彼女にも、他人が自分を恐れるときの視線には人一倍敏感でした。この、「コミュニケーションが苦手だし、自分のことを客観視できないけど、自分を嫌っている人の気持ちに気づかないほど愚かではない」というあり方が、コミュ障の自分にすっごく突き刺さるんですよね…!パールの癖として、他人に言われた言葉をその人に全くそのまま返す、という言動があるのですが、あれも彼女なりに必死に「普通」に擬態して仲良くなろうとしている姿なんだと思います…。 

 

『スワロウ』と重なる感想なのですが、「異常」と蔑まれてきた人たちが「普通」に憧れて、でも「普通」になれない姿にどうしようもなく感情移入してしまうんですよね。最後にパールが自分の気持ちをものすごい長回しで語り続ける場面があります。あの語りに、パールが生きた人生の悲哀がぐっと凝縮されています。ミア・ゴスが絞り出した迫真の心の声に、思わず泣けてきてしまいました。キュートなモンスターだったパールが、その場面で「『異常』だと呼ばれようと、傷つく心を持つ一人の人間」として浮かび上がってきます。道徳的に良くないことも色々やっているんですけど、どうしても他人事に思えなくなってくる。「トリッシュはオレなんだッ!」という気持ちになってしまう。それがこの映画を特別なものにしています。 

 

パールという一人の役者の舞台が上がります。鮮烈な赤を身に纏う彼女の姿が、あなたにはどう見えますか?怪物?それとも人間?その答えを、ぜひ観て、考えてみてほしい傑作です。(続編の『マキシーン』も楽しみ!) 

 

ゾンビーズ』シリーズ―いつか、これが普通になる 

ポップなミュージカルとかわいらしいロマンスを通して、「差別」という問題にまっすぐ向き合う、ものすごく気骨のある作品です。ディズニープラスでしか見れないことがもったいないくらい素晴らしい!とにかくこの名曲をまず聴いてほしい…。 

 

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人間の女子高生アディソンゾンビの男子高校生ゼッドは、シーブルックの高校で出会い、恋に落ちます。ゾンビの入学を認めて間もないこの町では、二人の恋を阻む壁がいくつも現れます。二人はこの町の常識を一つひとつ打ち破っていきます。恋も青春も、二人は叶えることができるのでしょうか…!? 

 

ゾンビと聞くと怖い!と思う方もいるかもしれませんが、子どもでも楽しく見れる、優しくてポップな作品です。それでいて、「差別」「偏見」を乗り越えることの難しさを、三作品を通して丁寧に描いているのが今作の魅力です。一作目ではゾンビが、二作目では狼人間が、三作目では宇宙人がこの町にやってきます。少しずつ様変わりしていくこの町の姿と、アディソンとゼッドの恋模様には、ワクワクさせられます。歌もものすごく良くて、一人ひとりのキャラクターがチャーミングで、「差別」をドストレートに描いているのに説教臭くないのが驚異的なバランス!ポリティカル・コレクトネスを作品にポジティブに取り入れて、包摂的であたたかなカオスを作り上げている、楽しい作品です。 

 

主人公のアディソンは白髪という秘密を抱えています。その秘密はやがて彼女のルーツにまつわる物語へと繋がっていきます。彼女は自分が普通の人間とはどこか違うと思い、違う種族の中に自分のルーツを見出そうとしますが、何度もその思いをくじかれます。普通の人とは違う自分を感じているけれど、その違いを悟られないようにしている。マイノリティと心の近さを感じているけれど、その中に自分は属せない。この立ち位置の葛藤が、個人的にはすごくノンバイナリーのメタファーのようで、感情移入して胸が苦しくなりました。 

 

マイノリティから「あなたは私たちの仲間ではない」と伝えられる場面はすごくつらいです。でも、『ゾンビーズ3』で彼女が本当の居場所を知り、そこへ旅立っていくとき、わたしは強烈な寂しさを感じました。この人はもう、自分たちの傍にいてくれないんだ…と気づくとき、アディソンが本当の自分を見つけられたことはすごく嬉しいのに、突然距離が離れたかのように感じる。マイノリティの友人にカミングアウトされたときのマジョリティの気持ちってこんな感じなのかな…と思ったとき、この作品を通してマイノリティの気持ちもマジョリティの気持ちも経験したのだと感じて、すごく新鮮な気持ちになりました。 

 

ゾンビーズ』にはバッキーというめちゃくちゃ差別的でナルシストなのに「憎めない」ヤツが出てきます。どんどん包摂的になっていく町とは裏腹に、バッキーはずっと異種族を差別し続けます。バッキーという問題児がいることによって作品の多様さが増している一方で、『ゾンビーズ3』では最後に、彼にある出来事が降りかかります。その出来事によって、「多様性とは決して人を傷つける差別を許容するものではない」という作品の理念がしっかりと伝わります。ものすごくコミカルな場面なんですけど、この場面を見てはっと目が覚めました。ポップな作品ですが、今わたしたちが生きている社会に対して、強くメッセージを届けようとしている作品でもあります。 

 

あなたとわたしが愛し合って生きることは、いつかきっと「普通」になるはず。そしてその「普通」は、わたしたちが諦めず、生きて、声を届けることで、叶えられるはず。アディソンとゼッドたちの鮮やかな青春をどうか見届けてみてください!名作! 

 

『映画すみっコぐらし ツギハギ工場のひみつのコ』―モノに溢れる世界の中で、大切な一つを愛する人へ」 

こちらは他の記事で一本感想を書いているので、そちらに託します!改めてすみっコぐらしが好きになりました。すみっコぐらしの留まることなき進化には驚くばかりです…。子ども向けと侮ることなかれ!な名作です。 

kokage-libra.hatenablog.com

 

『窓ぎわのトットちゃん』 ―子どもが見た戦争と、命の輝き

今年の映画納めはこちらの作品でした。最初は予告を見て感動系の映画なのかな~と思っていたのですが、Twitterの反響とこちらの映像を見て、これは行かなければ!と映画館へ走りました。 

 

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黒柳徹子さんのエッセイを原作とした映画ですが、この映画は野心的な映像表現に溢れています!特徴的なキャラクターデザインは生命力をキャラクターに吹き込んでいます。顔の描き方がとてもよくて、子どもが泣いたときの顔がくしゃっとなるところもリアルに、でもかわいらしく描いていて…!とても愛しい!背景もポスターカラーで描かれていてとても美麗です。そして、トットちゃんの夢の世界を描く場面では、がらっと作風が変わり、絵本のようなタッチで画面が満たされます。いわさきちひろさんの水彩画のような絵が動く場面では、この絵が動くなんて…!と感動しました。 

 

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わたしが観に行った劇場では子どもも多かったのですが、戦前の生活様式トットちゃんのキャラクターに惹かれ、楽しそうに観ていました。中盤から戦争の影がトットちゃんたちの生活に忍び寄るのですが、子どもたちは静かに、食い入るように見ていました。ショッキングな描写はない一方で、「食べ物が食べられなくなる」「楽しく暮らしていたら怒られる」という形でしっかりと戦争の恐ろしさを伝えていて、子どもが観れる映画としてすごく絶妙なバランスでした。 

 

この映画では、戦場で戦う兵士の姿は描かれません。描かれるのは、裕福な暮らしをしていて周囲の子とは違ったところを持つ子ども、トットちゃんの暮らしです。それでも、戦争の痛ましさが観客にもしっかりと伝わります。それは、トットちゃんが出会ったトモエ学園の人々と泰明ちゃんを通して、命の重みが伝えられているからです。「普通」の学校には通えなかった子どもたちが通う学校、トモエ学園。小児麻痺を患いながらも生きる泰明ちゃん。彼らとの出会いでトットちゃんの笑顔が花開くからこそ、彼らの居場所と笑顔を奪う戦争のおぞましさがぞっとするほど伝わってきます。 

 

一人の命の尊さを、儚さと強さを知るからこそ、戦争は「起きてはいけないこと」だと分かります。トットちゃんが終盤で町を駆け抜けるシーンでは、戦争に送り出される人たちの後に、戦争によってあらゆるものを失った人々が次々と映し出されます。ある出来事を経て、人の命の重みを知ったトットちゃんの目には、もう町は前と同じようには見えません。襲い掛かる戦争のおぞましさ。この場面を見たときに、鳥肌が立ち、この映画を観に来てよかったと感じました。 

 

この映画では終戦までは描かれません。でも、トットちゃんは何が正しくて何が間違っているかを充分に知っています。そして、苦しい中でも人を笑顔にできることをトットちゃんは知っています。だから、トットちゃんは大丈夫。疎開先に向かう電車でこの映画を締めくくる構成が、最後に映し出される情景の美しさが、今も心に焼き付いています。 

 

子どもはわがままなところもあるし、もしかしたら周囲と違うところがあるかもしれない。けれども、彼らが一生懸命生きて、感じ取ったことの全てが、これからの人生を形作っていく。だからこそ、この世界は平和であってほしい。まばゆい子供の世界と、強い祈りをぜひこの映画で感じてほしいです!名作! 

 

パール、映画すみっコぐらし、窓ぎわのトットちゃんのパンフレットの写真。

今年映画館で観た作品のパンフレット

そんなわけで、紅白を見ながらこのブログを書き上げました。今年も色々映画を観て、感動することもあれば嫌な思いをすることもありました(映画への恨みのお焚き上げは来年へ回ってしまいました…)。けれども、映画との出会いが、一緒に映画を観たパートナーや友人との時間が、語り合いわたしの人生の糧になっていると感じます。来年もたくさん映画を観たいです!